こんにちは、ゆうままです。
気がついたら、子供たちはそれぞれ19歳、17歳、14歳。20年近く子育てをしてきたことになります。
そろそろ、自分の家族について、すこし俯瞰して書いてみたい気分になりました。
子育て初期の私
赤ちゃんの頃の3人を思い出すと、いま感じるのは、ただただ「必死だったな」ということ。
第一子のゆうがとんでもなく手のかかる赤ちゃんで、寝不足で頭がぼーっとしている毎日。「子育てって、こんなに大変なの?」と思いながら、それでも次の日は来る。
第二子のようが生まれて、第三子のみうが生まれて——3人を抱えて家を回す毎日は、振り返れば修行のようでした。
当時の私には、家族のかたちなんて考える余裕はありませんでした。「今日を乗り切る」だけで精一杯だったから。
大変だった時期
子育ての中で、特にしんどかった時期がいくつかあります。
- 第一子の発達特性が見えてきた頃の戸惑い
- 第二子の暴力的な行動が出ていた時期
- 3人の子供が順番に不登校になった時期
- 習い事の送迎で消耗していた時期
どの時期も、当時の私には「これがいつまで続くんだろう」という暗いトンネルでした。
でも、不思議なことに、子供たちが大きくなった今、それぞれの時期の景色を「これも家族の歴史の一部だな」と思えるようになりました。
「家族のかたち」は、家庭ごとに違う
子供たちが大きくなって、ようやく分かってきたことがあります。
家族のかたちは、家庭ごとに違っていい。
当たり前のことのように聞こえますが、当時の私はこれが分からなくて、ずっと「他の家のかたち」を目指して頑張っていました。
「ふつうの家族はこうあるべき」「子供はこう育つべき」「親はこうあるべき」——その理想像と現実のギャップに、長らく落ち込んでいました。
でも、子供たちが10代後半になって、それぞれの個性をはっきり見せてくれるようになって、ようやく分かったんです。
うちはうちの形でいい。3人の子供は、それぞれが個性的で、それぞれのペースで生きている。私はその子たちの母(親)であり、それで十分なんだ、と。
今の家族の風景
今の我が家は、こんな感じです。
- 第一子のゆうは大学2年生。発達特性とまだ向き合いつつ、自分の興味の世界を広げている
- 第二子のようは高校3年生。折り紙という独自の世界を持ちながら、これからの進路を考えている
- 第三子のみうは中学3年生。マイペースで自分らしく、友達と過ごす時間も大事にしている
- 配偶者と私は、そんな子供たちを後ろから見守りつつ、それぞれの仕事をしている
劇的なドラマはありません。でも、20年前の私が想像していた「ふつうの家族の風景」には、結局なれませんでした。
その代わり、「我が家にしかない風景」が、ちゃんとここにある。
子育てが終わるわけじゃない
子供が大きくなっても、子育てが「終わる」わけではありません。通院の付き添いはまだ続いているし、進路の相談、生活のサポート、いろいろあります。
でも、子供たちが小さい頃のような「常に手をかける」段階は、確実に過ぎました。
これからは、ゆっくり子供たちの背中を見送る時期に入っていく。それぞれが自分の人生を歩み始めるのを、ベンチに座って見守る感じ。
20年前は想像もしなかった、けっこう穏やかな家族のかたちです。
あの頃の自分へ
もし、必死で子育てしていた20年前の自分に声をかけられるなら。
「今のあなたは、なかなか頑張ってる。10年後、20年後の家族は、ぜんぜん悪くないよ。だから、肩の力を抜いて、今日を生きていいよ」
これくらいのことを、伝えたいなと思います。
同じ立場で、今まさに必死に子育てしている方がいたら、勝手にその人にもエールを送らせてください。
家族のかたちは、家庭ごとに違っていい。あなたの家には、あなたの家にしかない風景が、きっと育っていきます。