こんにちは、ゆうままです。
今日は、第一子のゆうの話を書きます。
ゆうは、本当に、本当に、育てにくい子でした。今は19歳、大学2年生になって、それなりに自分の世界で過ごしているのを見ると、よくここまで来たな、と素直に思います。
20年近い時間を、振り返ってみたいと思います。
赤ちゃんの頃のゆう
ゆうは、生まれた瞬間から「全力で泣く子」でした。
「赤ちゃんは泣くもの」とは聞いていましたが、ゆうのレベルは、想像のはるか上を行っていました。
- 泣き声がとにかく大きい
- 泣き始めると、なかなか泣き止まない
- 抱っこしても、ミルクをあげても、おむつを替えても、納得しない
- 昼夜問わず泣く
- 「泣き疲れて寝る」ことはあるけれど、また起きてすぐ泣く
新米ママだった私は、毎日泣き声に追われて、自分も一緒に泣きそうになっていました。
「子育てって、こんなに大変なものなの?」と、何度も思いました。同年代のママたちが「赤ちゃんかわいい〜」と言っているのを聞くたびに、「うちは何が違うんだろう」と落ち込みました。
幼児期:個性のかたまり
幼児期になっても、ゆうの育てにくさは続きました。
コミュニケーションが独特で、親が話しかけても反応が返ってこないことがある。一方で、自分の興味のある話になると、何時間でもしゃべる。
こだわりが強く、「これじゃないとダメ」がたくさんある。順番、ルーティン、特定のものへの執着。
こうした特性は、後に「発達障害の特性」として明確になりました。通院もして、しっかり向き合ってきた経緯があります。
「育てにくい」という言葉の重さ
「育てにくい子」という表現は、できれば使いたくない言葉です。子供本人に責任があるみたいに聞こえてしまうから。
でも、当時の私が感じていた感覚を一言で表すと、本当にこれが一番近いんです。
ゆうが悪いのではない。私の育て方が悪いのでもない。ただ、定型発達の子と同じやり方では、ゆうにうまく届かない。それが、長らく分からなくて苦しかった。
気付いてからは、ゆうのペースに合わせる、ゆうの興味を広げる、ゆうの世界を否定しない——そういう関わり方に少しずつシフトしていきました。
大学生になった、今のゆう
そんなゆうも、今は大学2年生。
もちろん、大人として完璧にうまくやれているわけではありません。コミュニケーションは今も苦手だし、ひとりで病院に行くのも難しい。日々、いろいろな課題と付き合いながら生きています。
でも、自分の興味のある分野で、ちゃんと自分の世界を作っている。それは、赤ちゃんの頃あんなに泣いていたゆうの姿からすれば、本当にすごいことです。
「あの時、必死で乗り切って良かった」と思える瞬間が、今、ちゃんとあります。
振り返って思うこと
ゆうの19年を振り返って、いま思うのは、こういうことです。
育てにくい子は、ただ「大人と違う回路」で生きているだけ。
定型発達の子と同じ尺度では、ゆうの良さは見えない。でも、ゆうの世界に入って、ゆうの言葉で話してみると、すごく面白い世界がそこにある。
育てにくかった分、たくさん泣いて、たくさん落ち込んだ。でもその分、ゆうのいいところも、たくさん発見できた気がします。
同じ立場のお母さんお父さんへ
もし今、あなたの子供が「育てにくい」と感じる赤ちゃんや幼児で、毎日泣きそうになっているなら。
20年やってきた私からのメッセージです。
今は本当にしんどいけれど、絶望しないでください。
今の苦しさには、必ず終わりが来ます。子供は、その子のペースで、必ず成長していきます。
必要なら専門機関にも頼ってください。ひとりで抱え込む必要はありません。私も、あの頃ひとりで頑張りすぎたな、と今は思っています。
同じトンネルを歩いている方がいたら、勝手に隣に立っているつもりで、エールを送ります。