こんにちは、ゆうままです。
今日は、第三子のみうの話を書きます。
みうは、上の2人とちょっと違います。「比較的、普通の子」と言ってよいと思っています。発達特性もなく、友達もたくさんいる。陽キャではないけれど、自分のペースで楽しく過ごしているタイプ。
そして、みうの子育てで初めて、私は「親の余裕」というものを実感することになりました。
上の2人と、何が違ったか
第一子のゆうは、赤ちゃんの頃から本当に育てにくい子でした。全力でぎゃーぎゃー泣く、何時間でも泣く、昼も夜も関係なく泣く——ベテランママでも音を上げそうな赤ちゃんでした。
第二子のようは、ゆうほどではないけれど、コミュニケーションの難しさや、暴力的な時期もあって、また別の難しさがありました。
そして第三子のみう。
いざ生まれてみると、みうは「あれ、こんなに楽でいいの?」というレベルで穏やかな赤ちゃんでした。授乳もスムーズ、寝てくれる、機嫌もいい。
「3人目の子育てって、こんなにのんびりできるものなの?」と、最初は戸惑ったほどです。
「親の余裕」が子供にも伝わる
みうが穏やかだった理由は、たぶん、本人の気質も大きいです。でも、もうひとつ大きな要因があったと思っています。
それは、私(親)の側に、上の2人の時にはなかった「余裕」があったこと。
上の2人の時の私は、新米の親で、不安だらけでした。「これでいいのか」「他の家はもっと頑張ってるのでは」と、いつも自分を責めていました。
でも、みうの時には、もう「子育ての荒波」をある程度くぐり抜けた後でした。「赤ちゃんって、まあ泣くもの」「夜中の授乳もそのうち終わる」「大丈夫、なんとかなる」と思える経験値があった。
その親の安定が、たぶんみうにも伝わっていたんだと思います。
みうから教わったこと
みうの子育てを通して、私は「上の2人にも、もっと余裕を持って向き合えていれば良かった」と痛感しました。
ゆうがぎゃーぎゃー泣いていた時、私はもっと「まあ、泣きたいよね」と受け止められたはず。ようがコミュニケーションで苦しんでいた時、私はもっと「焦らなくていいよ」と寄り添えたはず。
でも、当時の私には、その余裕がなかった。
これは、後悔とまでは言いません。新米の親には、新米なりの精一杯がある。それは仕方のないことです。
ただ、みうという「3人目だからこそ穏やかに育てられた子」を見ていると、上の2人にも申し訳ない気持ちが、ふと湧くことがあります。
3人目の子育ては、特別だ
世間でよく「3人目はラク」と言われますが、これは半分本当で半分嘘です。
確かに、親の経験値という意味ではラクになっています。でも、上の2人の世話をしながら3人目を育てるという意味では、忙しさはむしろ増えています。
本当の意味で「ラク」なのは、親自身のメンタルです。
「これくらいで大丈夫」「いつかはおさまる」「子供はそれぞれ違っていい」——そういう、地に足のついた感覚が、3人目になるとようやく身についてくる。
みうは、私にこの感覚を教えてくれた、大切な存在です。
これから子供を育てる方へ
もし今、第一子の子育てで「自分はダメな親かも」と落ち込んでいる方がいたら、伝えたい。
そのままでいい。
私たちにも、最初は戸惑いだらけの時期がありました。それを経て、ようやく「余裕」というものが手に入ります。
今、不安いっぱいで子育てしているあなたも、いつか必ず、振り返って「あの頃は必死だったな」と笑える日が来ます。
そう信じて、今日も無理せず、自分のペースで進んでください。